2008年07月20日
・同居記録:24
☆2008.7.16。7月21日の選曲に変更。
うらた剛氏のコンサートで唄う①:母の童歌、②:花ミズキ、③:籠の鳥、④:風に吹かれて、の4曲の中でラストに予定していた[風に吹かれて]を[施設にて]に変更して貰う事になった。介護生活の模様がより伝わりやすい曲をと見直した結果です。最後の4曲目の曲にしては重くはないかな、という気持ちもありましたが、「施設にての方が日々のリアル感があっていいよ」、と嫁も言っています。
今回の浦田氏のコンサートとの縁は「ポスターやチケット配りでも手伝える事があれば言って下さい」、と口にした事から始まった。「じゃ、ギャラは出ないが出て貰ってもいいかい?」、でした。
浦田氏のミュージックボランテイアは文字通りに手弁当での自主コンサート。声が掛かればどこにでもワゴン車に音響機材を積んで出発。CDだってプレゼントするんです。熊本~鹿児島を日帰りでコンサートなんか日常的だとか・・。
この出前コンサートを開始した頃には移動用のワゴン車やら楽器に音響機材の購入やら、恐らく数百万の資金が必要だったと思います。彼の場合は作った曲を簡単に録音した後は専門業者に任せますから1つの作品を作り、そのCDオケを持ち歩くだけでも相当な経費がかかります。プレゼント用のCDの焼き増しだけはご夫婦で頑張ってコピーされるとしても時間だってかなり掛かるはずです。
録音機材にしても私のようにデジタルレコーダーを持ってはおられるのですが、そのデジタル何とやらが苦手みたいなんです。これが私との歳の差なんでしょうか?。
私の場合には下手なりに彼よりも弾ける楽器の種類が多いし、録音も自分でする分だけ次々と作品を形にできるんだと思います。彼は、「俺は高橋君より相当に遅れている」、と言います。そうなんです。ブログの話をしても、「・・ああ」、「フラッシュプレイヤーという奴を張り付けて、それで作った作品をネットで配信すれば数百枚ものサンプルCDを焼いたり郵送する必要もないのに・・」、と言えば、「ああ・・ああ・・」、とこんな人です。
私は痩せ型で彼は肥満型。私は用意周到タイプですが追求タイプでは無く、対して彼はとことん追求タイプ。私はマイマイクなどは持ってはいませんが彼は数本のマイマイクを使い分ける程に音に関してはすごく神経質です。舞台でも自分で音響機器の調整を行ないながらの熱演です。他人に音質や音量の調整を任せきれないと彼は言います。
根っからの音楽好き、人前で唄うのが大好きな人なんでしょうか。3度ほどですが、母の通うデイ施設に来て唄って貰うように私が取り持った事があります。聴いた事がある人であれば異論はないと思いますが、唄がとてもお上手です。ロックンロールから演歌、童謡とお年寄りが喜ばれるような楽曲なら何でも唄われ、母などは感激して涙を流して聴き入っていたと嫁が言います。さあ、そんなこんなで7月21日が確実に近づいています。
今は仕事上がりの職場で書いています。施設に母を迎えに行くには少し早い。今日の夕食は何を作ろうかな・・、昨日買っていた刺身用の安い羽カツオをたたきにして酢醤油ではなくオイル酢味噌で和えて一品、お袋からようやく認められた高野豆腐とニンジンの別煮込み料理で二品目、千切りキュウリと乾燥小エビと素麺を使ったサラダに輪切りトマト1個を添えて3品目、それにゴ汁でも作ります。痛みかけた山芋をどうしよう・・。
これから職場に持ってきているアミノ酸のBCAAを飲んで筋トレでもしよっと・・。
☆2008,7.17。飢えた社会に生きる飢えた人間達。そこは境界のない動物園の檻の中。
先日、処刑が実行された宮崎勤って憶えています? 女性を10数年もの間監禁していた男の事は憶えていますか? 見知らぬ人を駅の構内から衝動的に線路に突き落とした馬鹿野郎なんて何人も居ますよね。佐世保の猟銃乱射事件、秋葉原の不特定連続殺人事件・・・、国土交通省の現役局長が絡む官制談合事件・・、決して大分県だけの話ではないはずの教育委員会ぐるみでの不正な教員採用・人事、校長・教頭採用試験・・、まるでTV映画のタイトルのような出来事が日常的に当たり前のように繰返されるようになりました。全ての事件が、「構って欲しかった」、「分らないだろうと思った」、と答えていますね。構って欲しいから目立つように大衆の面前で殺人事件を起こしてみたかったってか? そんな理屈は通らない。構って欲しいのなら、自分の額に[誰か私を構って下さい]と張り紙でもして、交差点の真ん中で自分の腹でも切ってみろと言いたいですね。
年金問題にしても、この熊本県の例を思い出せば、「戦後のある時期からの全県庁職員の厚生年金の天引き分(掛け金)を熊本県が別予算を設けて負担していた・・、この事件を憶えていますか? この不正の中で既に退職した人達は納める事のなかった不正な年金を不正受給し続けて悠々自適の暮らしをしている訳ですが、この事実が発覚した後の実態調査も何も公表されていないようです。
この日本という島国にはそうした慣習が至る所に残っています。特定郵便局があった頃は必ず息子が後を継いでいたし、警察官の子供はどんなに体格が劣っていても警察官になれる確率が高かった。だから、途中で辞める子供も沢山居ました。県庁マンなどは採用試験の結果に関係なく今でも6割は縁故採用だと聞きます。「あいつは誰の後押し、私は誰の口利きでした」、と現役県庁マンが言うんですからね。
昨今の事件がそうした縁故関係を証明しているんだから否定する事は出来ません。決して、結果ではなく原因が必ずあるんです。事件ではありませんが、政治の世界なんて養子縁組をさせてでも議席を確保しようと策を練ります。根本を断たない限り、今後もこのような事は続発します。不正を不正の温床の警察が取り調べる事も何か変ですね。警察ほど古い体質を維持している組織はないからです。日本の体質なんです。動物園には種類によって境界が設けられていますが、人間社会ってまるで境界(モラル)のない動物園だと思いませんか。一番、野蛮で汚い世界です。
☆一体、何に飢えているんだ?。神か・・?、それは違う。まずは心だ。
コンクリートジャングルに暮らしていると神の存在など考えなくなります。暑かろう寒かろうがエアコンスイッチを押せば快適な室温にしてくれます。暑いのは嫌だ、寒いのも嫌だ。季節なんて必要ないと考えます。腹が減ればコンビニに走ります。否、ピザの宅配だってあります。そこには優しい母親や弟思いの姉の存在も忘れさせる文化が既に蔓延ってしまっています。
戦後64年の今、ほぼ60歳代以下の者はそうして環境で育ってしまっているのです。神の存在、自然の怒りなど考える事などないままに生きてきたのです。既に神は様々な現象で私達の前に怒りの姿を見せているというのに・・・。
私の母は長女が送ってくれた[世界の列車の旅]のビデオが大好きです。それに嫁が与える[季節の花や樹木]を大きな写真で紹介した本を見る事も・・。こんな時の母はとても穏やかな表情で、「あれはエベレストかい、この花の匂いが漂ってくるようだね」、とまるで自分が本の中に入り込んだかのような反応を示します。こんな時、神が母のソバに来ているのが私には分ります。母が生まれ育った時代にはそのような光景が日本中に溢れていたのです。神々が日本中に溢れていました。
若い頃の私が山中深くに住まいを求めた理由もそうでした。嫁が今でも古き神社仏閣を訪ね回る理由もそうかも知れません。貴方の隣の家の金ピかブレスレットおばさんが南の島ツアーに毎年出掛ける理由だって同じかも知れません。現在の日本から姿を隠しつつある神の存在を探して、何かを得ようと出掛けているかも知れないのです。或いは、そうした衝動を神が与えて呼び寄せているのかも知れないのです。選ばれた者とはそうした人達を指すのだろうと思います。
「構って欲しかったから人を殺そうと思った」、「汚職だとは思ったが、組織ぐるみであれば一連託生だ。代々、皆でやってきた事だから。前例に従うとはそうした事だ」、程度にしか理解できない連中のそばには神などは存在しません。
季節がなくなる、心が消えていく、とはそうした事ではないかと思います。暑いと思えば阿蘇の山中に湧出る冷たい清水を思い、腹が減ったと感じれば故郷の母の手料理を思う・・、そんな人達が確実に減っている気がします。
☆2008.7.18。うらた剛氏のコンサート、いよいよ3日後。スイカ、ラーメンの話でも・・。
浦田剛氏のミュージックボランテイア300回達成記念、というのが正式呼称。実際には350回を越えるという。元プロミュージッシャンの不動産屋さんですが、景気はよくないはずです。何して食ってんだろうと思いますが年金があるとの事。時折、奥様がパートに行ったりされているようです。因みに私の今年のスイカの初食いはこの浦田さんの家でした。5月でしたか、浦田さんに呼ばれていった際、「暑かったろう」、「そうですね。こんな日に食べるスイカは美味いでしょうね」、と言っている最中に奥さんが、「ただ今帰りました」、と言ってスイカをぶら下げて玄関に立っておられたんです。
先日、7月13日にこのコンサートの打ち合せが終って、「帰りに豚骨こってりのラーメンでも食って帰りましょ」、と思ったその瞬間、司会進行を担当される高田さんが、「浦っさん、皆でラーメンでも食って帰りましょうよ」、と・・・、この現象って何なんでしょうネ。ついでに書くと、我家の買物だってそうなんです。
「あー、あれとあれを取合わせてあれを作って食いたいな」、と思っている通りの材料をパチンと嫁が買って帰るんです。
☆2008.7.19.「膝が痛い・・」、久し振りに母の膝痛が出る。「母ちゃん、午後には長崎から紘子がくるよ」。
「さあ、お母さん。学校(デイ)に出掛けますよ」、「芸子さん、私ゃここが痛いよ」。母が膝が痛いと言うのは2年半振り。梅雨が戻ったかのようなこの2、3日の雨と雨上がりの今日の高温による湿気が関節に痛みを呼び込んだようです。私の放置したままの腰椎分離骨折の場所にも多少の痛みがあります。今朝は経皮鎮痛消炎剤のボルタレン・ゲルを母の膝に塗布して家を出ましたが、暫く様子を見た後に鍼を打ってみようと思っています。鍼を打てば4日は収まるんです。
デイに行くいつもの北バイパスで、「あの何きゃ?(長崎の鹿町弁)・・ほら、・・」、と言う母の指さす方に立っている鉄塔。「どのくらいあっときゃ?」。「高さの事ね」、と私。「かかさって何ね」、と母。「かかさちゃ言うとらんよ、高ささ、長さを聞いとるんだろ?」、と私。「は・・、あんたは何の話をしたいのかが分からん」、と母は最初の質問の事をすっかり忘れているかと思えば、「いち、にー、さん、しー・・」、と数を数え始める。「何を数えとっとね」、と私。母はこの季節、春から梅雨を経て夏を迎える頃の熊本の緑が大好きです。北バイパスの左右に植えられた赤芝や桜の木などの数を数えながらデイ施設に向かいます。
最初のうちは相当の数まで数えていましたが、最近は10までが限度。悲しい事です。「何本あったね」、と私が聞くと10本以上は、「10本」、と答えます。こんな時に母の老いを感じます。こんな会話をしながらデイに向かううち、最近の私はその時の母がどの時代に居るのかが何となく分るようになりました。
「午後からは紘子が来るよ」、と私。「紘子?・・平戸から帰って来るとね」。「長崎の紘子さ」、と私。
母は、「…」、と暫しの沈黙後、「あのさ、私の子供は何人ね」、と言う。
☆2008.7.20.さあ、明日はうらた剛氏のゲストで30分のミニミニコンサート。
さあ、いよいよです。医療や介護関連の集まりの中で唄うという限られた条件下で開催された過去の私のコンサートですが、今回はいつもとは違う緊張感があって、それがピークに達しています。ただ、過去にも熊本のパラダイスガラージュや別府市の大塚博堂記念館で一般客を対象に唄いました。その印象で言えば介護問題は専門職を対象とするのもいいのですが、介護家族や一般客を対象とした場合には日常の切実さがより深く伝わるような気がしないでもありません。例えば、[DOLL]みたいな曲は介護現場で働く方々には容易に受容れられ、[潮騒の町]、[金木犀]のような曲は介護家族や一般客に受ける傾向にあります。[ホッホ]などは介護家族は泣きながら聴いてくれます、
さて、北朝鮮による拉致問題を扱ったうらた剛氏の[薫の約束]ですが、拉致されている松木薫さんのお姉さんが来場されるとか・・。司会者の高田氏が私のコメントを求める場面を作るという連絡を頂きましたが、どのように対処したらいいものか考え込んでしまいます。
うらた剛氏のコンサートで唄う①:母の童歌、②:花ミズキ、③:籠の鳥、④:風に吹かれて、の4曲の中でラストに予定していた[風に吹かれて]を[施設にて]に変更して貰う事になった。介護生活の模様がより伝わりやすい曲をと見直した結果です。最後の4曲目の曲にしては重くはないかな、という気持ちもありましたが、「施設にての方が日々のリアル感があっていいよ」、と嫁も言っています。
今回の浦田氏のコンサートとの縁は「ポスターやチケット配りでも手伝える事があれば言って下さい」、と口にした事から始まった。「じゃ、ギャラは出ないが出て貰ってもいいかい?」、でした。
浦田氏のミュージックボランテイアは文字通りに手弁当での自主コンサート。声が掛かればどこにでもワゴン車に音響機材を積んで出発。CDだってプレゼントするんです。熊本~鹿児島を日帰りでコンサートなんか日常的だとか・・。
この出前コンサートを開始した頃には移動用のワゴン車やら楽器に音響機材の購入やら、恐らく数百万の資金が必要だったと思います。彼の場合は作った曲を簡単に録音した後は専門業者に任せますから1つの作品を作り、そのCDオケを持ち歩くだけでも相当な経費がかかります。プレゼント用のCDの焼き増しだけはご夫婦で頑張ってコピーされるとしても時間だってかなり掛かるはずです。
録音機材にしても私のようにデジタルレコーダーを持ってはおられるのですが、そのデジタル何とやらが苦手みたいなんです。これが私との歳の差なんでしょうか?。
私の場合には下手なりに彼よりも弾ける楽器の種類が多いし、録音も自分でする分だけ次々と作品を形にできるんだと思います。彼は、「俺は高橋君より相当に遅れている」、と言います。そうなんです。ブログの話をしても、「・・ああ」、「フラッシュプレイヤーという奴を張り付けて、それで作った作品をネットで配信すれば数百枚ものサンプルCDを焼いたり郵送する必要もないのに・・」、と言えば、「ああ・・ああ・・」、とこんな人です。
私は痩せ型で彼は肥満型。私は用意周到タイプですが追求タイプでは無く、対して彼はとことん追求タイプ。私はマイマイクなどは持ってはいませんが彼は数本のマイマイクを使い分ける程に音に関してはすごく神経質です。舞台でも自分で音響機器の調整を行ないながらの熱演です。他人に音質や音量の調整を任せきれないと彼は言います。
根っからの音楽好き、人前で唄うのが大好きな人なんでしょうか。3度ほどですが、母の通うデイ施設に来て唄って貰うように私が取り持った事があります。聴いた事がある人であれば異論はないと思いますが、唄がとてもお上手です。ロックンロールから演歌、童謡とお年寄りが喜ばれるような楽曲なら何でも唄われ、母などは感激して涙を流して聴き入っていたと嫁が言います。さあ、そんなこんなで7月21日が確実に近づいています。
今は仕事上がりの職場で書いています。施設に母を迎えに行くには少し早い。今日の夕食は何を作ろうかな・・、昨日買っていた刺身用の安い羽カツオをたたきにして酢醤油ではなくオイル酢味噌で和えて一品、お袋からようやく認められた高野豆腐とニンジンの別煮込み料理で二品目、千切りキュウリと乾燥小エビと素麺を使ったサラダに輪切りトマト1個を添えて3品目、それにゴ汁でも作ります。痛みかけた山芋をどうしよう・・。
これから職場に持ってきているアミノ酸のBCAAを飲んで筋トレでもしよっと・・。
☆2008,7.17。飢えた社会に生きる飢えた人間達。そこは境界のない動物園の檻の中。
先日、処刑が実行された宮崎勤って憶えています? 女性を10数年もの間監禁していた男の事は憶えていますか? 見知らぬ人を駅の構内から衝動的に線路に突き落とした馬鹿野郎なんて何人も居ますよね。佐世保の猟銃乱射事件、秋葉原の不特定連続殺人事件・・・、国土交通省の現役局長が絡む官制談合事件・・、決して大分県だけの話ではないはずの教育委員会ぐるみでの不正な教員採用・人事、校長・教頭採用試験・・、まるでTV映画のタイトルのような出来事が日常的に当たり前のように繰返されるようになりました。全ての事件が、「構って欲しかった」、「分らないだろうと思った」、と答えていますね。構って欲しいから目立つように大衆の面前で殺人事件を起こしてみたかったってか? そんな理屈は通らない。構って欲しいのなら、自分の額に[誰か私を構って下さい]と張り紙でもして、交差点の真ん中で自分の腹でも切ってみろと言いたいですね。
年金問題にしても、この熊本県の例を思い出せば、「戦後のある時期からの全県庁職員の厚生年金の天引き分(掛け金)を熊本県が別予算を設けて負担していた・・、この事件を憶えていますか? この不正の中で既に退職した人達は納める事のなかった不正な年金を不正受給し続けて悠々自適の暮らしをしている訳ですが、この事実が発覚した後の実態調査も何も公表されていないようです。
この日本という島国にはそうした慣習が至る所に残っています。特定郵便局があった頃は必ず息子が後を継いでいたし、警察官の子供はどんなに体格が劣っていても警察官になれる確率が高かった。だから、途中で辞める子供も沢山居ました。県庁マンなどは採用試験の結果に関係なく今でも6割は縁故採用だと聞きます。「あいつは誰の後押し、私は誰の口利きでした」、と現役県庁マンが言うんですからね。
昨今の事件がそうした縁故関係を証明しているんだから否定する事は出来ません。決して、結果ではなく原因が必ずあるんです。事件ではありませんが、政治の世界なんて養子縁組をさせてでも議席を確保しようと策を練ります。根本を断たない限り、今後もこのような事は続発します。不正を不正の温床の警察が取り調べる事も何か変ですね。警察ほど古い体質を維持している組織はないからです。日本の体質なんです。動物園には種類によって境界が設けられていますが、人間社会ってまるで境界(モラル)のない動物園だと思いませんか。一番、野蛮で汚い世界です。
☆一体、何に飢えているんだ?。神か・・?、それは違う。まずは心だ。
コンクリートジャングルに暮らしていると神の存在など考えなくなります。暑かろう寒かろうがエアコンスイッチを押せば快適な室温にしてくれます。暑いのは嫌だ、寒いのも嫌だ。季節なんて必要ないと考えます。腹が減ればコンビニに走ります。否、ピザの宅配だってあります。そこには優しい母親や弟思いの姉の存在も忘れさせる文化が既に蔓延ってしまっています。
戦後64年の今、ほぼ60歳代以下の者はそうして環境で育ってしまっているのです。神の存在、自然の怒りなど考える事などないままに生きてきたのです。既に神は様々な現象で私達の前に怒りの姿を見せているというのに・・・。
私の母は長女が送ってくれた[世界の列車の旅]のビデオが大好きです。それに嫁が与える[季節の花や樹木]を大きな写真で紹介した本を見る事も・・。こんな時の母はとても穏やかな表情で、「あれはエベレストかい、この花の匂いが漂ってくるようだね」、とまるで自分が本の中に入り込んだかのような反応を示します。こんな時、神が母のソバに来ているのが私には分ります。母が生まれ育った時代にはそのような光景が日本中に溢れていたのです。神々が日本中に溢れていました。
若い頃の私が山中深くに住まいを求めた理由もそうでした。嫁が今でも古き神社仏閣を訪ね回る理由もそうかも知れません。貴方の隣の家の金ピかブレスレットおばさんが南の島ツアーに毎年出掛ける理由だって同じかも知れません。現在の日本から姿を隠しつつある神の存在を探して、何かを得ようと出掛けているかも知れないのです。或いは、そうした衝動を神が与えて呼び寄せているのかも知れないのです。選ばれた者とはそうした人達を指すのだろうと思います。
「構って欲しかったから人を殺そうと思った」、「汚職だとは思ったが、組織ぐるみであれば一連託生だ。代々、皆でやってきた事だから。前例に従うとはそうした事だ」、程度にしか理解できない連中のそばには神などは存在しません。
季節がなくなる、心が消えていく、とはそうした事ではないかと思います。暑いと思えば阿蘇の山中に湧出る冷たい清水を思い、腹が減ったと感じれば故郷の母の手料理を思う・・、そんな人達が確実に減っている気がします。
☆2008.7.18。うらた剛氏のコンサート、いよいよ3日後。スイカ、ラーメンの話でも・・。
浦田剛氏のミュージックボランテイア300回達成記念、というのが正式呼称。実際には350回を越えるという。元プロミュージッシャンの不動産屋さんですが、景気はよくないはずです。何して食ってんだろうと思いますが年金があるとの事。時折、奥様がパートに行ったりされているようです。因みに私の今年のスイカの初食いはこの浦田さんの家でした。5月でしたか、浦田さんに呼ばれていった際、「暑かったろう」、「そうですね。こんな日に食べるスイカは美味いでしょうね」、と言っている最中に奥さんが、「ただ今帰りました」、と言ってスイカをぶら下げて玄関に立っておられたんです。
先日、7月13日にこのコンサートの打ち合せが終って、「帰りに豚骨こってりのラーメンでも食って帰りましょ」、と思ったその瞬間、司会進行を担当される高田さんが、「浦っさん、皆でラーメンでも食って帰りましょうよ」、と・・・、この現象って何なんでしょうネ。ついでに書くと、我家の買物だってそうなんです。
「あー、あれとあれを取合わせてあれを作って食いたいな」、と思っている通りの材料をパチンと嫁が買って帰るんです。
☆2008.7.19.「膝が痛い・・」、久し振りに母の膝痛が出る。「母ちゃん、午後には長崎から紘子がくるよ」。
「さあ、お母さん。学校(デイ)に出掛けますよ」、「芸子さん、私ゃここが痛いよ」。母が膝が痛いと言うのは2年半振り。梅雨が戻ったかのようなこの2、3日の雨と雨上がりの今日の高温による湿気が関節に痛みを呼び込んだようです。私の放置したままの腰椎分離骨折の場所にも多少の痛みがあります。今朝は経皮鎮痛消炎剤のボルタレン・ゲルを母の膝に塗布して家を出ましたが、暫く様子を見た後に鍼を打ってみようと思っています。鍼を打てば4日は収まるんです。
デイに行くいつもの北バイパスで、「あの何きゃ?(長崎の鹿町弁)・・ほら、・・」、と言う母の指さす方に立っている鉄塔。「どのくらいあっときゃ?」。「高さの事ね」、と私。「かかさって何ね」、と母。「かかさちゃ言うとらんよ、高ささ、長さを聞いとるんだろ?」、と私。「は・・、あんたは何の話をしたいのかが分からん」、と母は最初の質問の事をすっかり忘れているかと思えば、「いち、にー、さん、しー・・」、と数を数え始める。「何を数えとっとね」、と私。母はこの季節、春から梅雨を経て夏を迎える頃の熊本の緑が大好きです。北バイパスの左右に植えられた赤芝や桜の木などの数を数えながらデイ施設に向かいます。
最初のうちは相当の数まで数えていましたが、最近は10までが限度。悲しい事です。「何本あったね」、と私が聞くと10本以上は、「10本」、と答えます。こんな時に母の老いを感じます。こんな会話をしながらデイに向かううち、最近の私はその時の母がどの時代に居るのかが何となく分るようになりました。
「午後からは紘子が来るよ」、と私。「紘子?・・平戸から帰って来るとね」。「長崎の紘子さ」、と私。
母は、「…」、と暫しの沈黙後、「あのさ、私の子供は何人ね」、と言う。
☆2008.7.20.さあ、明日はうらた剛氏のゲストで30分のミニミニコンサート。
さあ、いよいよです。医療や介護関連の集まりの中で唄うという限られた条件下で開催された過去の私のコンサートですが、今回はいつもとは違う緊張感があって、それがピークに達しています。ただ、過去にも熊本のパラダイスガラージュや別府市の大塚博堂記念館で一般客を対象に唄いました。その印象で言えば介護問題は専門職を対象とするのもいいのですが、介護家族や一般客を対象とした場合には日常の切実さがより深く伝わるような気がしないでもありません。例えば、[DOLL]みたいな曲は介護現場で働く方々には容易に受容れられ、[潮騒の町]、[金木犀]のような曲は介護家族や一般客に受ける傾向にあります。[ホッホ]などは介護家族は泣きながら聴いてくれます、
さて、北朝鮮による拉致問題を扱ったうらた剛氏の[薫の約束]ですが、拉致されている松木薫さんのお姉さんが来場されるとか・・。司会者の高田氏が私のコメントを求める場面を作るという連絡を頂きましたが、どのように対処したらいいものか考え込んでしまいます。
Posted by takassan at 11:35│Comments(0)
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